開山700年を迎えた「時宗総本山 遊行寺」
宗祖一遍上人が念仏を勧める賦算と踊り念仏で、みなことごとく往生安楽の境地へ至ることができると説いて諸国を遍歴したのにならって、歴代の上人も遊行を続けたので遊行上人と呼ばれました。正中2年(1325年)に4代呑海上人が遊行引退後の住まいとしたのが藤澤山清浄光院(のちに清浄光寺)となった時宗の総本山であり、親しみを持って遊行寺と呼ばれています。

大きな黒の冠木門(かぶきもん=門柱にぬきをかけたもの)が遊行寺の惣門(そうもん)で、右に「時宗総本山」、 左に「清浄光寺」と彫り込んだ大きな木札がかかっています。
それから続く石段は、阿弥陀様の四十八願にたとえて、四十八段(別名いろは坂)と呼ばれています。春には両脇の桜で花のトンネルとなり、秋には紅葉に染まり訪れる人々の憩いを与えています。

中雀門は、安政六年(1859)に紀伊大納言徳川治宝(とくがわはるとみ)によって建立された、現存する遊行寺最古の建造物です。4脚門で、高さ約6メートル、幅約2メートル70センチ。大棟に皇室との深いつながりを示す菊の御紋、屋根の下に徳川家の家紋である葵の御紋が刻まれています。関東大震災では倒壊しそのままの形で再建されましたが、平成19年(2007)に解体修理が行われました。

元禄7年(1694)五代将軍徳川綱吉の時代に「生類憐れみの令」が発布され、江戸市中の金魚・銀魚がこの遊行寺の池に放生されました。現在も、春の開山忌には放生会が行われています。
東国花の寺100ヶ寺に選ばれているのは、放生池そばの「ハクモクレン」です。

平成27年(2015)には本堂や宇賀神社をはじめとする十棟の建築物が「登録有形文化財(建造物)」に登録されました。また、延文元年本堂(1356)の銘文を持つ梵鐘が大和権守物部光連によって鋳造されました。現在、県指定文化財に指定され、朝夕の時の鐘としても使用されています。

