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 自分の歩んできた歴史を記しておきたい。誰しもそう思うものです。まして、シニア世代は生きてきた時代が長く、経験が豊富ですから何か回想録などを作ってみたい。でも書こうとすると対象があまりに広くどこから始めたらいいか迷ってしまいます。
  私の場合、70歳になって何か後世に残しておくことはないのかと自問、経験してきたことだけを自伝的に絵に綴るのはどうかと考えました。いちばん記しておきたいことのいくつかを候補にあげて、それをまず絵に描いてみようと思いました。目を閉じると忘れることのできない場面が網膜に現れてきます。「目を閉じると現れるシーン」それを画用紙に描き落としていこうと考えました。写真機のない時代でしたから記録はなく、ただ記憶に頼るしかありません。こうしてはじめた最初の絵は戦時中で、決して忘れることが出来ない昭和20年3月10日の東京大空襲のことでした。70歳の手習いの第一作です。
 
 経験してきたことを語ることはできます。また文章に書くこともできます。でも、はたして本意が人にわかってもらえたかどうかわかりません。しかし絵にすると見る人にすぐに伝達できる「絵の力」があります。第一作の東京大空襲を描いてそれを強く感じました。
  絵は巧拙が問われます。しかしメッセージをいかに表現することかが一番大切なことで、絵のうまい下手は二の次だということを自分に納得させました。むしろ拙くても真実を表せる強みがあります。絵だけなく、絵に文章を添えて「絵とエッセイ」にするともっとメッセージ性を高めることができます。
  誰しも小学生の時に描いた絵日記。それをシニアになってからする「シニア絵日記」のようなものでした。絵は楽しいもの、誰にでもすぐにできる易しい「絵で描くひとこま自分史」です。ひとこまですから人生のどの場面からでも始めることができます。
 
 
 こうして第二、第三作を作っていきました。印象の強い出来事を優先しましたので絵の対象はそれほど多くはありませんでした。その限られた対象を描き終わると、なんと次のステップに移す力を与えてくれました。家庭生活、子供の遊び、世相などに描く対象が広がって行きました。描いてきた一枚一枚が重なっていつしか画集ができあがるまでになりました。絵を描いている時。それはとても集中できる楽しい時でした。気がつくと目が疲れ肩も凝りました。でも少し休むと余韻がじわっと脳に滲み出てきますから、また中断していた絵に戻って描き続けたことでした。エッセイを入れることもまた楽しい作業です。
 
 
 昭和の社会は実に人間性に富むものでした。昭和はだんだん遠くなります。忘れ去られてしまうことは惜しい。ここで描き残しておかなければなりません。
 私は昭和15年千葉県市川市で生まれました。終戦の昭和20年までの記憶は、爆撃機B29編隊の来襲、日本軍の行進、疎開など幼児ながら衝撃的な印象でした。終戦で家族は墨田区東向島に移住しましたがその日を生きるのに必死でした。焼け野原にバラックが建ち、瓦礫を片付け金属類を拾い集めて売り、自給のために家庭菜園をしました。子供らは池や小川からドジョウや雷魚をとり、荒川や中川で釣ったボラやハゼを家族のたんぱく源にしました。隣近所の人達とは助け合いました。戦争で生活は破壊されましたが、悲しみのどん底から立ち上がった日本人は底力を見せたのでした。こどもたちも生計を助けながらも屈託なく遊び育ちました。今の恵まれた時代からは程遠い生活でしたが、今に至る力になっていたことはたくさんありました。「戦中戦後のこども」、「戦後復興期の昭和の生活」、「昭和から平成へ」と絵を描き続けて作品数は200点を越えましたので画集にして出版しました。同時代を過ごされた方々には懐かしい思い出話に、若い世代の方々には共感していただけると思います。 いつか「絵によるひとこま自分史を描きましょう」講座を開いて、私なりに掴むことが出来ましたコツを公開しようと考えております。作り方のきまりはありません。個性ある作品が出来ればと思います。
                                                             新見 睦